宇宙のうち、正体がわかっている物質は約5%と言われています。残りの95%は「あることはわかるけれど、何なのかはわからない」。科学がこれだけ進んだ今でも、です。
人間の身体も同じです。ゲノムは読み終わりましたが、「読める」と「わかる」は別のもの。なぜ眠るのか、プラセボはなぜ効くのか、痛みはなぜ長引くのか。日常のすぐ隣に、まだ答えのない問いがたくさんあります。
臨床を重ねているカイロプラクターは、データ化できないほどの自然界と人間のチカラを毎日目の当たりにして、そして圧倒されています。逗子のオフィスでカイロプラクティックテーブルの横に立つ私も、その一人です。
アジャストメントのあと、「呼吸が深く入るようになった」とおっしゃる方がいます。「なんだかよくわからないけど、深くて心地いい」とおっしゃる方もいます。よくわからないのに、伝わる。数字にはならないのに、確かにそこにある。臨床とは、そういう瞬間の連続です。
カイロプラクティックには必ず、軸となる哲学があります。カイロプラクティックとは、芸術・哲学・科学という三位一体のバランスで成り立つ分野であり、学問でもあります。純粋にカイロプラクティックに携わるカイロプラクターは、絶えずこの探求を続けています。
科学は日に日に進みます。それでも、解明されているものはこの世界のほんの一部。だからこそ、測れないものを扱う技術には、測る以外の柱が必要なのだと思います。目の前のお一人に向き合う技(芸術)と、向き合う姿勢の軸(哲学)。この3つがそろって、はじめてカイロプラクティックです。
身体が本来持っている回復のチカラは、完全に解明される日を待ってくれません。今日もカイロプラクティックテーブルの上で、静かに働いています。
当オフィスのアプローチについてはBGI(Bio-Geometric Integration®)とはを、カイロプラクティックの原理原則に触れた本の話は33 Goldの書評もあわせてどうぞ。



